在宅勤務終了!

4月8日から当然始まった在宅勤務、本日で終了。慣れないPC作業に戸惑いながらもようやくゴールができました。

長いサラリーマン人生の中で50日近く出勤しないという経験は初めて。往復3時間の通勤時間が浮くのはとてもよかった。が、出勤して顔を突き合わせればすぐに解決することも、全てPC経由。ネットにつながる時間帯が制限されているので、非常にもどかしい。

良かった点は、今年社会人になった娘もいきなり在宅勤務だったので、一緒に過ごす時間が持てたこと。大学時代はサークル(ヒップホップダンス)、飲み会でほぼ家にいない状態だったので、4年ぶりに長い時間を一緒に過ごせてよかった・・。もうないな、こんな時間。

巣ごもり状態の中での唯一の息抜きがウオーキング。毎日4~5キロくらいながらも、5月中に100キロ歩くと決めてました。今日ついに100キロ達成。テレワークの合間ではありましたが、立てた目標を達成できたことは素直に嬉しい・・。

来週から久々の出勤。とはいえ週2~3日のペースです。

世界の旅 人生最悪の出張(2)

到着の遅延によりアンゴラでの滞在は予定より2日短くなりました。事前に先方とのアポを確認していたのですが、責任者にはとうとう会えず。聞けば中国側から急なアポが入ったためとのこと。アフリカにおける中国のプレゼンスの大きさをあらためて感じました。

アンゴラから経由地のヨハネスバーグに移動。翌日空港に着いて出発便(ナイロビ行き)掲示板を見ると私の乗る便は『Delay』・・。ナイロビでハルツーム行きの便への乗り換え時間は2時間。ダメだ・・。乗り換えられない。航空会社スタッフに乗り継ぎ便の変更について聞いても、ヨハネスブルグではわからない、とにかくナイロビに行けとのこと。

ナイロビに着いてみるとトランジットオフィスは大混乱。2時間かけてようやく翌日のフライトの予約と一泊するホテルの手配を確認。出国しようとすると、出国税が必要とのこと。たいした金ではないので私は払おうとしたんですが、同行者(女性職員)は納得できないと猛抗議すること1時間。最後は諦めて支払いました。

疲れた身体で税関を通って荷物受け取り場所に行ってみるとスーツケースが見当たらず。飛行機着いてから3時間以上経ってるし・・・。係り員を見つけては所在を探すこと1時間。ようやく見つかりました。もうすっかり夜でした。バスに揺られること1時間。翌日のピックアップ時間を確認してホテルにチェックイン。

その後、ハルツームから日本へはトラブルなく戻れました。アフリカの2ヵ国同時訪問はやめた方がいいです。必ずトラブります!

世界の旅 人生最悪の出張(1)

ヨーロッパや東南アジアへ日本からも直行便が飛んでいますが、私がよく行ったアフリカや中東は必ず乗り換えがあります。機材故障などによる遅延、乗り遅れは何度もありますが、最悪に出張のお話しをします。

あれは11年位前のこと。アフリカのアンゴラとスーダンを2週間で続けていくという出張がありました。いやな予感はありました。ルートは、羽田-仁川、仁川-ドバイ、ドバイ-ルアンダ(アンゴラの首都)、ルアンダ-ヨハネスブルグ、ヨハネスブルグ-ナイロビ、ナイロビ-ハルツーム(スーダンの首都)、ハルツーム-ドバイ、ドバイ-香港、香港-羽田。アフリカ内の移動はヨーロッパ、ヨハネスブルグ、ドバイに一旦出ないといけません。

初日、羽田から仁川空港に移動、夜12時のフライトでしたが、乗り込んだものの機材不良で出発できず、朝の6時ごろ飛行機から出され、ホテル待機となりました。いつ飛ぶかの情報はないのでひたすら部屋で待機。ドバイの乗り継ぎを係り員に聞いてみるとここでは手続きできないのでドバイでやれ、とのこと。

18時間後に仁川離陸。ドバイに着いてすぐにアンゴラまでのフライトを確認すると翌日になるとのこと。翌日フライトの座席確認とホテルの確保が済んで出国しようとすると、ビザが必要とのこと(トランジットなのでビザはとっていなかった)。この手続きにおよそ3時間。ホテルに着いたのは真夜中。

翌日、ドバイからアンゴラまでのフライトは順調。と思ったら、空港に着くと同行者のスーツケースが未着。ロストバッゲージ。同行者のスーツケースはヨハネスブルグに移動前日にようやく到着。つづく・・・。

カメと私

写真の2匹のカメは自宅のルーフバルコニーで放し飼い。黒色のプラスチックの容器には水が張ってあって、暑くなると入って来て、涼しくなると自分達で出て行って、徘徊してます。

このカメ2匹は飼育歴25年になります。2回目の北京駐在は嫁と長男の3人でしたが、当時6歳くらいだった息子が北京の道端で売っていたカメが欲しいと言い出し、しょうがなく買ったものです。

3年ちょっとの駐在が終わり帰国の段になって困ったのがカメの処遇。近くの川に放そうかとも思いましたが、あまりに汚いので可哀そうだということになり、日本に持ち帰ろうということに。問題はどうやって・・。

当時身重だった妻と長男が先に帰国するので、妻が持ち帰ることにしました(かなり嫌がってました)。スーツケースでは死んでしまうかもしれないので、機内に持ち込むことに。空港の金属探知機のところはコートのポケットに入れて通過し、機内に入ったら虫かごに移しかえるという作戦です。

空港で妻が金属探知機を通ると、無情にもブーという音が。カメは金属探知機に反応するようです。係官が来てポケットのモノを出せとの指示。身重の日本人女性のコートからカメが2匹出てくると、さすがに係官も相当に驚いたとのこと。

即座に係官は没収すると宣言。当然です。カメが取られるとわかった息子が大泣き。すると係官が、『わかった、わかった、早くしまって行っていい。』と寛大な措置。当時の中国人はおおらかだった・・。感謝。

ということで2匹のカメは今も健在。推定26歳くらい。人間でいうと50歳。カメは40歳くらい(人間で80歳)まで生きるとのこと。私が今60歳。私がカメを看取るのか、はたまたカメが私を看取るのか・・・。

型紙

私の木彫りは独学なので、全て自分流でやってます。彫る前にデッサンをされている方も多いですが、私はデッサンはせずに型紙を作ってから作業に入ります。

真四角の楠材から大まかな型に切ることが最初の作業です。私の場合は真四角の楠材の横側、正面側の型を作ることから始めます。まず正面(体の厚み)の型を作って(これで体高が決まります)、それから横側の型を作ります。

真正面を向いているポーズは簡単ですが、頭が横を向いたポーズになると一気に難易度が上がります。横向きポーズもたまに彫りますが、毎回苦戦しています。

これまで彫った型紙はほとんど手元に置いてあります。本体の多くは手元を離れていますが、型紙を見ると不思議と本体がそこにあるかのような気持ちになります。型紙も随分と増えてきました。

世界の旅 イエメン

イエメンという国を聞いたことがあるでしょうか。中東で最も貧しい国です。このイエメンに2009年、2010年の2回行きました。

それまでエジプト、トルコなどのイスラム教の国を訪問したことがありますが、イエメンはより宗教色が強いと感じました。例えば女性が着るアバヤ。エジプト、トルコやアジアのイスラム国家であるインドネシアやマレーシアでは顔は露出しています。

イエメンの女性は目だけが露出していて、他は黒のアバヤで完全に隠します。男たちは外出時にはジャンビーヤという刀を腰にさして出かけます(見づらいですが写真右端の男性のお腹にあります)。

写真は世界遺産のサヌアの旧市街。まるで中世に戻ったような世界がそこにありました。街全体が可愛い建物で統一されていて、食べ物や衣服、ジャンビーヤなどを売るお店と客でごった返しています。ここは一見の価値があります。

イエメンの人と仕事をするのは非常にしんどい。考え方、価値観が全く違う。グローバル化が進んでいない唯一の国ではないでしょうか。でも人は悪くないです。アイコンタクトをして挨拶をしてきます、『ニ-ハオ!』と。そう、ここにも中国の影響は浸透しているんですね。

部族間の紛争の激化に伴う治安悪化で、2015年位には日本やアメリカの大使館も撤退して、外国人はほとんどいない状況が続いています。こどもたちへのワクチン接種も止まってしまい、非惨な状況になっています。

世界の旅 ブータン

私が10代の頃にどうしても行きたかった国が、チベット、ブータン、モンゴルでした。チベットは1997年に行くことが出来ました。そして2008年の12月にブータンの地を踏むことが出来ました。

ブータンの人々は皆敬虔なチベット仏教徒です。チベットは漢族が年々増えていて、ラサを歩くとやたらと漢字の看板ばかりが目につきます。その点、ブータンの多くはチベット族なので、よりチベット的な雰囲気が残っています。

首都ティンプーの街を歩くと至る所にマニ車があり、綺麗な川があって岩魚みたいな魚が沢山泳いでいるのが見えます。釣り好きの私はフライやルアーで釣りたいと思うのですが、チベット仏教徒が大半を占めるブータンでは殺生は禁忌。釣りは禁止されています。

ブータンは『足るを知る』、過度な物欲は無意味であり精神的な満足度を優先させるという政策をとっています。幸福度が世界一ということでも知られています。2週間の滞在でしたが、食事もお酒も美味しく、素晴らしい自然が残っているブータンがとても気に入りました。

ただ閉口したのが、車酔い。鉄道(ない)や飛行機の移動ができない(空港は首都ティンプーの一つだけ)ので移動は全て車でカーブと高低がはげしい道をひたすら車で行くことになります。私は空港からダウンタウンまでの1時間でがっつり酔ってしまいました。移動することが憂鬱になります。

最後のバイク ヤマハSR400

私が最初のバイクを買ったのは大学1年生の時。夏休みに1ヶ月尾瀬の山小屋でバイトをして、下山した後すぐに三軒茶屋の友人宅で飲んでいると、バイクを買わないかと言われました。

ヤマハのDT250を5万円で売りたいという奴がいるとのこと。尾瀬で稼いだお金があったので免許もないのに買うと即答。それから2輪中型免許をとってライダーになりました。池尻の下宿から大学までバイクで通うようになりました。おしゃれな山手通りを毎日バイクで走るのは楽しかった・・。

それからホンダのクラブマン、ヤマハのXJ400と乗り継いだところで最初の中国駐在。結婚して子どもも出来たのでバイクから4輪に乗り換えました。

それから20年後、2010年に福岡に単身赴任した際に買ったのが車ではなく、昔から欲しかったヤマハのSR400。こいつで福岡の糸島半島を何キロ走ったことか。当時50歳でしたが青春だったなぁ。単気筒エンジンの音は心に染みました。

埼玉にも持ち帰り、時々乗っていましたが、木彫りを始めてからは木材の購入などにどうしても4輪が必要となりました。2年前にニッサンノートに乗り換えました。私の最後の相棒はSR400です。もう2輪に乗ることはありません。

初めての個展 2017年3月

木彫りを始めて1年半が経った頃、夢中で彫ってきた私の作品を第3者にも見てもらおうと思い立ちました。家族は最初の頃は褒めてくれましたが、家中に置かれている動物たちを冷たい目で見るようになってきました。

そうだ、個展を開こうと思ったわけです。でもどこで、どうやって開くのか。まずは場所探し。地元さいたま市で開こうと思い、ネットで浦和と大宮のギャラリーを探して、実際に足を運んで4~5か所見て回りました。

その中で気に入ったのが大宮駅徒歩5分のGallery Quadoro(写真)。真っ白な壁とコンクリートの床が私のイメージに合いました。日程を決めた後は案内のDM(ハガキ)の作成。ネットで探した印刷屋さんに発注して友人・知人に案内しました。それから個展ナビなどネットで告知してくれるところにも登録。

開催期間は5日間でした。友人・知人を除くとギャラリーに足を踏み入れてくれたのは道を歩きながら目に留めてくれた人たち。何人くらいだったかな。5日間で20人いかないくらい。それでも飛び込みで見てくれる人がいたことはものすごく嬉しく、そして自信になりました。

少し自信がついたので、次は東京で個展をやろうと思い立ちました。この大宮で思い切って開いた個展は、今から思うと大きな一歩でした。この頃はなんでも彫っていたので、写真には魚、海亀、熊、コアリクイ、ナマケモノ、オオカミ、ハシビロコウ、ライオン、犀、カメレオン、インドの犬などが写ってます。

福岡県芥屋サーフ

栃木県生まれで埼玉県在住の私が福岡県に2年程単身赴任したことがあります。住まいは姪浜付近で海まで徒歩40mくらいのところ。渓流のルアー、フライフィッシングが趣味だったので、すぐに海釣を始めました。

特にサーフでのルアーフィッシングに嵌りました。一番通ったのが芥屋サーフ。朝4時ころから3時間くらいひたすらルアーを投げていました。が、まったく釣れず。それでも美しいサーフを歩くのは本当に楽しかった・・。

そんなある日、私の目の前で突然なぶらが起きて、そこにルアーを投げてみたらなんと65cmの鰤が釣れました(写真)。強烈な引きで取り込むまで15分くらいかかりました。これで釣り熱はますます高まり、2年間で釣行は200回越え。

ハイシーズンは朝釣りしてから出勤し、夜帰宅後に夜釣りに行くということもしてました。釣りをしていない時はケーブルTVで24時間釣り番組をやっている釣りビジョンを見てました。単身なので制御が効かず、釣りに嵌った2年間でした。

そんな釣りキチの私ですが木彫りを始めてからは、釣りにもいかなくなりました。木彫りも魔性の魅力があります。